をあけるあいだ待た

2017年05月09日


 たいまつをかかげ持った王の護衛たちにぴったり取り囲まれて、かれらは人気のない真夜中のラク?ウルガの通りを、ひづめの音をひびかせて進んでいた。「むろん、すべて見せかけだ」ウルギットがサディに言っていた。「わがはいはアガチャクに頭を下げ、口で敬虔なきまり文句をささやいてかれを喜ばせているが、本心は明かさない。アガチャクの支持が必要だから、気にいられるようにしていなければならないのだ。それはかれも知っている。だから、その状況をできるだけ利用している」
「クトル?マーゴスにおける教会と国家の絆は有名ですよ」大きな広場にはいったとき、サディが言った。燃えるたいまつの火が、近くの建物の側面をくすんだオレンジ色に染めた。


 ウルギットが下品な音をたてた。「絆だと!」かれはせせら笑った。「鎖といったほうが正確だぞ、サディ――それもわがはいの首にまきついた鎖だ」ウルギットは暗い空を見上げた。鋭い容貌がたいまつのあかりを浴びて、赤らんでいる。「だが、アガチャクとわがはいはあるひとつのことについては同意している。ダガシ族のカバチを、冬が訪れる前にラク?ハッガへ送りこむということだ。これだけは絶対必要なことなのだ。ジャハーブはもう何ヵ月も前から家来たちにクトル?マーゴス西部を徹底的に捜索させて、カバチをマロリー戦線へ潜入させるための奴隷商人をさがしていた」ウルギットは急にサディににやりと笑いかけた。「運よく、ジャハーブの見つけた奴隷商人はたまたまわがはいの古い友人だったわけだ。われわれが知り合いだということは、だが、アガチャクに知らせる必要はないだろう。いくつか秘密を作っておきたいのだ」
 サディは顔をしかめた。「あなたがカル?ザカーズの本拠地のある都市に暗殺者を送り込んでいる理由を推測するのは、それほどむずかしいことじゃありませんね」
「むこうへカバチを送りとどけたら、ぶらぶらと名所見物などしないほうがいい」ウルギットは同意した。「だが、どのみち、ラク?ハッガはあまり魅力のある町ではないよ」
 サディは浮かぬ顔でうなずいた。「どうせそんなことだろうと思ってましたよ」かれは剃りあげた頭を指の長い手でなでながら考えこんだ。「しかし、ザカーズが死んでも、あなたのかかえる問題の解決にはならんでしょう? 皇帝が殺されただけで、マロリーの将軍たちが荷物をまとめて家へ帰るとは思えません」
 ウルギットはためいきをついた。「一度にひとつずつだよ、サディ。おそらく将軍連中は買収できるだろう、あるいはほめちぎるかなにかすればすむかもしれない。最初の一歩はザカーズを片づけることだ。あの男に道理をといてもむだだからな」ウルギットはゆらめくたいまつの明かりに照らしだされた、たけだけしくわびしい石造りの建物を見回した。「わがはいはこの場所が大嫌いなんだ」ふいにかれは口走った。「まったく虫が好かない」
「ラク?ウルガがですか?」
「クトル?マーゴスがだよ、サディ。悪臭ふんぷんたる国全体がいやなんだ。どうしてわがはいはトルネドラに生まれなかったんだろう――あるいは、センダリアに? なんの因果でクトル?マーゴスにへばりついていなけりゃならないんだ?」
「だって、あなたは王さまでしょう」
「好きで王になったわけじゃない。われわれの魅力ある習慣のひとつに、新しい王が即位したら、それ以外の王位継承候補はひとり残らず命をうばわれるというのがあるんだ。わがはいにとって、それは王になるか墓場へ行くかだった。王になったときは、おおぜい兄弟がいたが、いまじゃひとりっ子だ」ウルギットはみぶるいした。「気の滅入る習慣だよ、そう思わないか? ほかの話をしよう。おまえはクトル?マーゴスでなにをしているんだ、サディ? おまえはサルミスラの右腕だったはずだろう」
 サディは咳きばらいした。「女王陛下とのあいだにささいな誤解が生じましてね。それでしばらくニーサを出たほうがよかろうと考えたんです」
「どうしてクトル?マーゴスに? なぜトル?ホネスに行かなかった? トル?ホネスのほうがはるかに文化的だし、居心地がいいだろうに」ウルギットはまたためいきをついた。「トル?ホネスで暮らせるなら、なにをやっても惜しくない」
「トルネドラには強敵がいるんです、陛下」サディは答えた。「クトル?マーゴス周辺には詳しいですから、こうしてアローンの傭兵たちを雇って身辺を保護してもらいながら、奴隷商人を装ってここにきたんですよ」
「そこでジャハーブに拾われたというわけか。おまえも気の毒にな、サディ、どこへ行っても、つねに政治に巻き込まれる――いやおうなしだ」
「呪われているんですよ」サディは嘆かわしげに言った。「終生呪いがついてまわるんです」
 一行は角を曲がって、高い塀に囲まれた不規則に広がる巨大な建築物に近づいた。おびただしいたいまつの明かりに照らされて、ドームや塔がにょきにょきそびえている。六色の相対立する色をぬりたくったそれは、見るからにけばけばしく、ラク?ウルガの他の部分から浮き上がって見えた。「ドロジム宮殿を見るがいい」ウルギット王はおおげさな口ぶりでサディに言った。「ウルガ家の代々の屋敷だ」
「非常にめずらしい建物ですね、陛下」サディがつぶやいた。
「それは表向きの言い方だ」ウルギットは批判をこめて宮殿を見た。「けばけばしくて、醜悪で、悪趣味もいいところだ。だが、わがはいの個性にはほぼかんぺきにマッチしている」かれは護衛のひとりをふりかえった。「いい子だから先へ行け」と指示した。「門番たちに王さまがお見えになると言え。門されるようなことがあれば、耳を切り落とすぞとな」
「ただいま、陛下」
 ウルギットはサディににやりとしてみせた。「わがはいの数少ない楽しみのひとつなんだ。わがはいがいばってみせられるのは、召使いと兵卒にたいしてだけでね。マーゴ人はみんなだれかにいばりたいという潜在的欲求を持っているんだ」
 あわただしくあけられた門を通って、一行は馬をおり、たいまつが赤々と照らす中庭に入った。ウルギットはけばけばしい色の外壁を見回した。「ぞっとするだろう?」と身をふるわせた。「中へ入ろう」
 石段のてっぺんに大きな扉があり、ウルギットは一行を中へいれると、丸天井の長い廊下を歩きだした。磨きこまれた一対の両開きのドアの前で立ちどまり、顔に傷のあるふたりの番兵に言った。「どうした?」
「はあ、陛下?」ひとりが答えた。  


Posted by やそれでは at 13:23Comments(0)