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ためというよりはむ

2016年08月08日

〈リヴァ王の広間〉で、ベルガリオン王はむっつりした表情を顔に浮かべ、トルネドラ大使ヴァルゴンのいつ果てるとも知れない長広舌に耳を傾けていた。何もかも、かれにはとまどうようなことばかりだった。かれはどうやって命令を出したらいいのかわからなかった。四六時中つきまとう召使いたち物業二按をどうやって追いはらえばいいのかわからないため、まったく自分自身の時間というものがないありさまだった。あいかわらず背後からはつけまわされ、今ではこの常にかれの背後につきまとう職務熱心な護衛、従者、もしくは使い走りを捕まえようという気力すら失せていた。
 友人たちは皆ガリオンの前に出ると居心地悪そうにもじもじし、いくらやめてほしいと言っても、「陛下」と呼ぶことに固執した。かれ自身はまったく変わったと思っていなかったし、鏡にうつる外見もさして変化していないというのに、人々はまるでかれがすっかり変わってしまっ公屋貸款たかのように振る舞うのである。かれが立ち去るときに人々が見せる安堵の表情がガリオンをいたく傷つけていた。そんなときは自分の殻に閉じこもり、じっと孤独をかみしめるしかなかった。
 ポルおばさんは常にかれのかたわらにいたが、彼女との関係も前とは異なったものになりつつあった。王になる前はかれの方が添え物だったのに、今で雀巢奶粉はまったく逆転してしまった。この新しい関係もかれにとってはきわめて不自然なものだった。
「わが方のこのたびの申し出は、きわめて寛大な譲歩を示したものであると言わねばなりますまい、陛下」ラン?ボルーンからことづかった最新の条約案を読み終えたヴァルゴンは最後にこうつけ加えた。人を小馬鹿にしたような表情を浮かべたこのトルネドラ大使は、鉤鼻の尊大な男だった。ホネサイトのかれは帝国の創設に貢献し、三つの名家を起こした名門の出であり、ひそかにアローン人を軽蔑していた。このヴァルゴンはガリオンの悩みのたねだった。皇帝から新しい条約だの商業協定だのが届かない日は一日とてなかった。かれらトルネドラ人が何が何でも羊皮紙に王の署名をほしがっていること、そして何度も何度もそれを突きつけていれば、しまいにはかれの方で音をあげて相手を追いはらいたいばかりに署名するに違いないと踏んでいることはあきらかだった。
 それに対するかれの対抗策は実に単純なものだった。かれは何ものにも署名することを拒否したのである。
(それはかれらが先週持ってきたものとまったく同じよ)かれは心の中でポルおばさんの声を聞いていた。(条項をいれかえて、いくつかの字句をいじくっただけにすぎないわ。これでは受け取れないと言いなさい)
 ガリオンはおつに澄ました大使にほとんど嫌悪の入りまじった視線を送った。「それではまったく話にならない」かれはぶっきらぼうに言った。
 抗議しようとするヴァルゴンをかれはすばやくさえぎった。「先週持ってきたものとまったく変わっていないではないか。それならばこちらの答だって先週と同じく否だ。わたしはトルネドラに優先的な通商権を与えるつもりはないし、他の国々と協定を結ぶたびにいちいちラン?ボルーン殿の承諾を得ることにも同意できない。そしてなによりも、わたしは〈ボー?ミンブルの協定〉の改変を一字一句たりとも認めるつもりはない。どうかラン?ボルーン殿にまともに話をするつもりがないのなら、これ以上無駄なことでわたしを悩ませないでほしいと伝えてくれ」
「陛下!」ヴァルゴンは衝撃を受けたような声を出した。「いやしくもトルネドラ皇帝に対してそのような口をきかれるとは」


「わたしは自分の言いたいように言うまでのことだ」ガリオンは言った。「もう退がってよいぞ」
「陛下――」
「退がってよいと言ったのだぞ、ヴァルゴン」ガリオンはさえぎった。
 大使はさっと立ち上がり、よそよそしくお辞儀するとつかつかと歩み去った。
「まあ、悪くはないな」アンヘグ王が他の王たちといつもたむろしている奥部屋からまのびした声で言った。これらの高貴な見物人に見られていることも悩みのたねだった。ガリオンはかれらが自分の一挙手一投足を見守り、判断し、さらにはその決断や態度や言葉遣いまでをじっくり値ぶみしているのを知っていた。恐らくこの数ヵ月はへまばかり重ねるに違いない。だからこそ見られたくないと思っているのだが、居並ぶ王たちに向かってかれらの注目のまとにするのはやめてくれなどとどうして言えよう。
「だが少しばかり直截的すぎたんじゃないかね」フルラク王が言った。
「なあに、今に人あしらいもうまくなるさ」とローダー王。「むしろラン?ボルーンにとっちゃこの直截的なところがかえって新鮮でいいと思うかもしれん。むろんやっこさんが卒倒せんばかりの怒りの発作から回復してからの話だが」
 いならぶ王たちや貴族たちは、皆ローダー王の皮肉に声をあわせて笑った。ガリオンもいっしょになって笑おうとしたが、赤面を隠しおおせることはできなかった。「何でこんなことまでされなくちゃならないんだ」かれはポルおばさんに激しい口調でささやいた。「しゃっくりひとつするたびに、みんなで批評するんだ」
「そんなことでいちいち腹をたてるのはおよしなさい」彼女は穏やかな声で答えた。「それにしてもさっきのは少し不作法すぎたようだわ。末来の義理の父親になる人にまであの調子でずけずけものを言うわけじゃないでしょうね」
 それこそガリオンが一番思い出したくないことがらだった。セ?ネドラはいまだにかれの急激な出世を許していなかった。ガリオンは彼女との結婚の可能性を真剣に危ぶみはじめていた。たしかに彼女のことを好いてはいたが――というよりも本気で好きだったが、たぶんセ?ネドラはよき妻にはならないだろうという憂うつな結論を、かれは下していた。彼女は頭もよく、わがままいっぱいに育ち、しかもとてつもなく頑固なところがあった。彼女がガリオンの結婚生活をできる限り惨めなものにすることに、ひねくれた喜びを見いだすことは必至だった。こうして玉座に座ってアローンの王たちの冗談めかした批評を聞きながら、ガリオンは〈珠〉のことなど知らなければよかったとさえ思いはじめていた。
〈珠〉のことを考えたとたん、ガリオンはほとんど習慣的に、玉座の上に掲げられた剣のつか[#「つか」に傍点]頭に輝く宝石に目をやった。玉座に座るたびにいっそう輝きを増すわざとらしさが、ガリオンをいらだたせた。そんなとき〈珠〉はまるで自分自身を祝福しているように思えた――まるでリヴァ王ベルガリオンは自分の創造物なのだとでもいいたげに。ガリオンにはいまだに〈珠〉のことがよくわからなかった。〈珠〉の中に意識に近いものが存在するのはたしかだった。ガリオンの心はためらいがちに〈珠〉の意識にふれてはそっと引き返した。これまでに何回も神の心の意志と接触したことはあったが、この〈珠〉はまったくそれらと違っていた。およそガリオンには及びもつかないような力がひそんでいるのはあきらかだった。それに加え、〈珠〉の接触方法はきわめて特異なものだった。ガリオンは自分があまり好かれていないらしいことを感じ取っていた。だがそれでもかれが近づくたびに、〈珠〉は嬉しくてたまらないと言いたげに明るく輝くのだった。そしてクトゥーチクの小塔で初めて聞いた、あの空高く舞い上がるような不思議な歌がかれの心を満たした。この歌はガリオンにとってなかば強引な誘惑のようなものだった。ガリオンがいったん〈珠〉を手に取り、その〈意志〉とかれの〈意志〉とを融合すれば、この世には何ひとつ不可能なことはなくなるだろう。現にトラクはこの〈珠〉を掲げて、世界に巨大な裂け目を入れたのではなかったか。かれがいったん決心しさえすれば、〈珠〉の力を借りてその裂け目を修復することだってできるのだ。さらに危険なのは、ガリオンの心にその考えが芽生えた瞬間から、〈珠〉が絶えまなくそのための指示を送りはじめたことだった。
(ガリオン、ちゃんと話を聞きなさい)もの思いにふけるガリオンの心にポルおばさんの声が響いた。
 午前中の行事はこれでほぼ終わりだった。後に残ったのは何件かの陳情と、ニーサより今朝届いた奇妙な祝辞だけだった。ニーサの祝辞は相手の機嫌をおそるおそるうかがうような文面で、最後に宦官サディの署名があった。ガリオンは返答を起草する前によく検討してみることにした。サルミスラの謁見の間で起こったできごとの記憶がいまだにガリオンの心を悩ませていた。今すぐこの蛇人間たちとの関係を修復すべきかどうか、判断がつきかねた。
 すべての政務が片づいたところで、かれは人々に断って退出した。白い毛皮に縁どられたケープはもはや耐えがたく暑かったし、王冠のおかげで頭はずきずき痛んだ。かれは一刻も早く自室へ戻って着替えたかった。
 広間のドアの両側に控えていた衛兵たちはかれにうやうやしくお辞儀し、すぐさま随行の姿勢をとった。「別にどこかへ行こうというわけじゃない」かれは職務熱心な衛兵たちに言った。
「ただ自分の部屋へ戻るだけだし、道はよくわかっている。ぼくのことはいいからきみたちはもう昼食に行きたまえ」
「ご親切にありがとうございます、陛下」衛兵は答えた。「後でわたしどもにご用がありますでしょうか」
「まだわからないな、そのときは誰かに伝えるから」
 再びお辞儀をする衛兵を後に残し、ガリオンはうす暗い廊下に入った。かれがこの通路を見つけたのは戴冠式の二日後のことだった。それは謁見の間から王族の私室に通じるもっとも近い通路だったが、比較的使われていなかった。仰々しい儀式ぬきで広間への行き来ができるこの近道をガリオンは非常に気にいっていた。途中にはわずかなドアがあるだけで、壁の燭台は廊下を適度な暗さに保つよう間をおいて設置されていた。顔を知られていなかった頃をほんのわずかだけ思い出せるこの暗さはむしろ好もしいものだった。
 廊下を歩くガリオンは深いもの思いにふけっていた。あまりにも考えなければならないことが多すぎた。まずは何をおいても、目前にせまったアンガラクと西の国々との戦争に対処しなくてはならない。〈西の大君主〉であるガリオンは当然それらの国々を率いる立場にあるのだ。いまや長年の眠りから目覚めたカル=トラクは、アンガラクの大軍を率いて襲いかかってくるだろう。そのような恐ろしい敵にどうやって対抗すればいいのだ。トラクの名前を思い浮かべるだけでガリオンは身震いを禁じえなかった。軍隊のことも戦争のことも何も知らないかれにどうやって戦うことができるだろう。絶対にへまをやらかすに決まってる。そうなったらトラクは金属製の義手をひとふりするだけで、西の連合軍を粉砕してしまうことだろう。
 魔法ですら今のかれを救うことはできなかった。かれの力はトラクの巨大なそれに対抗するにはあまりに経験が少なすぎた。もちろんポルおばさんが助けてくれるだろうが、ベルガラス抜きでは成功の見込みはきわめて薄かった。数ヵ月前の転倒がベルガラスの力を何ら損なっていないことを証明するきざしはまだ見られなかった。
 あまりふれたくなかったが、ガリオン自身の問題もそれに負けず劣らず深刻だった。仲なおりを拒み続けるセ?ネドラ王女とやがては何らかの決着をつけなくてはならない。王女の方にもう少し聞き分けがあれば、二人の位の違いなどほとんど問題にはならないはずだった。ガリオンはセ?ネドラ王女が好きだった――それどころか好意以上のものを抱いていると言ってもよかった。特に何かをねだるときの彼女の顔はこの上もなく美しかった。この唯一の障害さえ取りのぞくことができれば、何もかもうまく行くことだろう。この可能性がかれの心を少なからず明るくした。ガリオンはすっかりもの思いにふけったまま廊下を歩き続けた。
 いつものひそやかな足音が背後から聞こえてきたのは、さらに数ヤードほど行ってからだった。ガリオンはため息をつきながら、この職務熱心な従者が何か他に楽しみを見つけてくれないかと願わずにはいられなかった。ガリオンは肩をすくめると、今度はニーサの問題を考えることにした。
 その警告はきわめて唐突に、まさに間一髪のところで発せられた。(危ない!)内なる声が叫んだ。一瞬何が起こったのかもわからないまま、無我夢中でガリオンはぱっと前に倒れ伏した。そのとたんどこからともなく飛んできた短剣が石の壁に激突し、火花を散らしながら、敷石の上をはね返っていった。はずみで頭の王冠が床の上をころころと転がった。ガリオンは罵りの言葉とともに自分の短剣を抜いて立ちあがった。突然の攻撃にすっかり動転し、激怒したかれは廊下を駆け戻った。毛皮に縁どられた重たいケープが足元ではためき、絡みついた。
 短剣を投げた犯人の灰色のマントが一、二回ちらりとガリオンの目に入った。暗殺者は奥まった戸口にひらりと姿を消したかと思うと、重たげなドアがばたんと閉められる音がした。自分の短剣を片手に握りしめたまま、ドアの取っ手をがちゃがちゃいわせながらようやく開けると、同じようなうす暗い廊下がどこまでも続いているだけだった。そこには人っ子ひとり見当たらなかった。
 かれの手はまだぶるぶる震えていたが、それは怒りのしろ恐怖のためだった。かれは即刻衛兵たちを呼びよせようとしたが、すぐにその考えを捨てた。考えれば考えるほど、このまま襲撃者の後を追うのは賢明でないように思えてきた。かれの武器は短剣一本しかないのに、もし剣を持った者に襲いかかられたりしてはたまらない。複数の人間が陰謀に加担していたとしたら、このように人通りのないうす暗い廊下は防戦に適した場所とはとても言えまい。
 あきらめてドアを閉めようとしたかれの目を何かがとらえた。ドア枠の床にあたる部分に灰色の毛織物の切れはしが落ちていた。ガリオンはかがみこむと、それを拾いあげて、ろうそくの光のもとでしげしげと観察した。二本の指の間ほどの大きさもない布きれは、あきらかにリヴァ人特有の灰色のマントから引きちぎられたものだった。暗殺者は逃亡するさいに、うっかり自分のマントをはさんだままドアを閉めてしまったのだ。マントはその拍子にちぎれたのだろう。ガリオンは顔をしかめると急いで廊下を戻り、床にかがみこんで王冠と暗殺者の短剣とを拾いあげた。もし襲撃者が仲間を連れて引き返してきたらと思うと心もとなかった。どうやらここは一刻も早く自室に引き返し、中からしっかりとドアの鍵をおろすのが一番の得策だろう。ガリオンは誰も見ていないのをいいことに、ケープのすそを持ち上げると脱兎のごとく逃げ出した。
 かれは自室の前にたどり着くと、ドアを勢いよく開けて中へ飛び込み、ばたんと音をたてて閉めた上に鍵をおろした。そしてドアにぴったり耳をつけて、追っ手の気配がないかどうかをうかがった。
「どうかなさったのですか、陛下」  


Posted by やそれでは at 12:55Comments(0)