のが嫌だっ

2016年05月25日



六時に目覚ましたとき彼女はもういなかったの。寝巻を脱ぎ捨ててあって、服と運動靴と、それからいつも枕もとに置いてある懐中電灯がなくなってたの。まずいなって私そのとき思ったわよ。だってそうでしょ、懐中電灯持って出てったってことは暗いうちにここを出ていったっていうことですものね。そして念のために机の上なんかを見てみたら、そのメモ用紙があったのよ。洋服は全部レイコさんにあげて下さいって。それで私すぐみんなのところに行って手わけして直子を探してって言ったの。そして全員で寮の中からまわりの林までしらみつぶしに探したの。探しあてるのに五時間かかったわよ。あの子、自分でちゃんとロープまで用意してもってきていたのよ」

レイコさんはため息をついて、猫の頭を撫でた。

「お茶飲みますか」と僕は訊いてみた。

「ありがとう」と彼女は言った。

僕はお湯を沸かしてお茶を入れ、縁側に戻った。もう夕暮に近く、日の光ずいぶん弱くなり、木々の影が長く我々の足もとにまでのびていた。僕はお茶を飲みながら、山吹やらつつじやら南天やらを思いつきで出鱈目に散らばしたような奇妙に雑然とした庭を眺めていた。

「それからしばらくして救急車が来て直子をつれていって、私は警官にいろいろと事情を訊かれたの。訊くだってたいしたこと訊かないわよ。一応遺書らしき書き置きはあるし、自殺だってことははっきりしてるし、それあの人たち、精神病の患者なんだから自殺くらいするだろうって思ってるのよ。だからひととおり形式的に訊くだけなの。警察が帰ってしまうと私すぐ電報打ったの、あなたに」

「淋しい葬式でしたね」と僕は言った。「すごくひっそりして、人も少なくて。家の人は僕が直子の死んだことどうして知ったのかって、そればかり気にしていて。きっとまわりの人に自殺だってわかるたんですね。本当はお葬式なんて行くべきじやなかったんですよ。僕はそれですごくひどい気分になっちゃって、すぐ旅行に出ちゃったんです」

「ねえワタナベ君、散歩しない」とレイコさんが言った。「晩ごはんの買物でも行きましょうよ。私おなか減ったきちゃったわ」

「いいですよ、何か食べたいものありますか」
  


Posted by やそれでは at 12:49Comments(0)