をあけるあいだ待た

2017年05月09日


 たいまつをかかげ持った王の護衛たちにぴったり取り囲まれて、かれらは人気のない真夜中のラク?ウルガの通りを、ひづめの音をひびかせて進んでいた。「むろん、すべて見せかけだ」ウルギットがサディに言っていた。「わがはいはアガチャクに頭を下げ、口で敬虔なきまり文句をささやいてかれを喜ばせているが、本心は明かさない。アガチャクの支持が必要だから、気にいられるようにしていなければならないのだ。それはかれも知っている。だから、その状況をできるだけ利用している」
「クトル?マーゴスにおける教会と国家の絆は有名ですよ」大きな広場にはいったとき、サディが言った。燃えるたいまつの火が、近くの建物の側面をくすんだオレンジ色に染めた。


 ウルギットが下品な音をたてた。「絆だと!」かれはせせら笑った。「鎖といったほうが正確だぞ、サディ――それもわがはいの首にまきついた鎖だ」ウルギットは暗い空を見上げた。鋭い容貌がたいまつのあかりを浴びて、赤らんでいる。「だが、アガチャクとわがはいはあるひとつのことについては同意している。ダガシ族のカバチを、冬が訪れる前にラク?ハッガへ送りこむということだ。これだけは絶対必要なことなのだ。ジャハーブはもう何ヵ月も前から家来たちにクトル?マーゴス西部を徹底的に捜索させて、カバチをマロリー戦線へ潜入させるための奴隷商人をさがしていた」ウルギットは急にサディににやりと笑いかけた。「運よく、ジャハーブの見つけた奴隷商人はたまたまわがはいの古い友人だったわけだ。われわれが知り合いだということは、だが、アガチャクに知らせる必要はないだろう。いくつか秘密を作っておきたいのだ」
 サディは顔をしかめた。「あなたがカル?ザカーズの本拠地のある都市に暗殺者を送り込んでいる理由を推測するのは、それほどむずかしいことじゃありませんね」
「むこうへカバチを送りとどけたら、ぶらぶらと名所見物などしないほうがいい」ウルギットは同意した。「だが、どのみち、ラク?ハッガはあまり魅力のある町ではないよ」
 サディは浮かぬ顔でうなずいた。「どうせそんなことだろうと思ってましたよ」かれは剃りあげた頭を指の長い手でなでながら考えこんだ。「しかし、ザカーズが死んでも、あなたのかかえる問題の解決にはならんでしょう? 皇帝が殺されただけで、マロリーの将軍たちが荷物をまとめて家へ帰るとは思えません」
 ウルギットはためいきをついた。「一度にひとつずつだよ、サディ。おそらく将軍連中は買収できるだろう、あるいはほめちぎるかなにかすればすむかもしれない。最初の一歩はザカーズを片づけることだ。あの男に道理をといてもむだだからな」ウルギットはゆらめくたいまつの明かりに照らしだされた、たけだけしくわびしい石造りの建物を見回した。「わがはいはこの場所が大嫌いなんだ」ふいにかれは口走った。「まったく虫が好かない」
「ラク?ウルガがですか?」
「クトル?マーゴスがだよ、サディ。悪臭ふんぷんたる国全体がいやなんだ。どうしてわがはいはトルネドラに生まれなかったんだろう――あるいは、センダリアに? なんの因果でクトル?マーゴスにへばりついていなけりゃならないんだ?」
「だって、あなたは王さまでしょう」
「好きで王になったわけじゃない。われわれの魅力ある習慣のひとつに、新しい王が即位したら、それ以外の王位継承候補はひとり残らず命をうばわれるというのがあるんだ。わがはいにとって、それは王になるか墓場へ行くかだった。王になったときは、おおぜい兄弟がいたが、いまじゃひとりっ子だ」ウルギットはみぶるいした。「気の滅入る習慣だよ、そう思わないか? ほかの話をしよう。おまえはクトル?マーゴスでなにをしているんだ、サディ? おまえはサルミスラの右腕だったはずだろう」
 サディは咳きばらいした。「女王陛下とのあいだにささいな誤解が生じましてね。それでしばらくニーサを出たほうがよかろうと考えたんです」
「どうしてクトル?マーゴスに? なぜトル?ホネスに行かなかった? トル?ホネスのほうがはるかに文化的だし、居心地がいいだろうに」ウルギットはまたためいきをついた。「トル?ホネスで暮らせるなら、なにをやっても惜しくない」
「トルネドラには強敵がいるんです、陛下」サディは答えた。「クトル?マーゴス周辺には詳しいですから、こうしてアローンの傭兵たちを雇って身辺を保護してもらいながら、奴隷商人を装ってここにきたんですよ」
「そこでジャハーブに拾われたというわけか。おまえも気の毒にな、サディ、どこへ行っても、つねに政治に巻き込まれる――いやおうなしだ」
「呪われているんですよ」サディは嘆かわしげに言った。「終生呪いがついてまわるんです」
 一行は角を曲がって、高い塀に囲まれた不規則に広がる巨大な建築物に近づいた。おびただしいたいまつの明かりに照らされて、ドームや塔がにょきにょきそびえている。六色の相対立する色をぬりたくったそれは、見るからにけばけばしく、ラク?ウルガの他の部分から浮き上がって見えた。「ドロジム宮殿を見るがいい」ウルギット王はおおげさな口ぶりでサディに言った。「ウルガ家の代々の屋敷だ」
「非常にめずらしい建物ですね、陛下」サディがつぶやいた。
「それは表向きの言い方だ」ウルギットは批判をこめて宮殿を見た。「けばけばしくて、醜悪で、悪趣味もいいところだ。だが、わがはいの個性にはほぼかんぺきにマッチしている」かれは護衛のひとりをふりかえった。「いい子だから先へ行け」と指示した。「門番たちに王さまがお見えになると言え。門されるようなことがあれば、耳を切り落とすぞとな」
「ただいま、陛下」
 ウルギットはサディににやりとしてみせた。「わがはいの数少ない楽しみのひとつなんだ。わがはいがいばってみせられるのは、召使いと兵卒にたいしてだけでね。マーゴ人はみんなだれかにいばりたいという潜在的欲求を持っているんだ」
 あわただしくあけられた門を通って、一行は馬をおり、たいまつが赤々と照らす中庭に入った。ウルギットはけばけばしい色の外壁を見回した。「ぞっとするだろう?」と身をふるわせた。「中へ入ろう」
 石段のてっぺんに大きな扉があり、ウルギットは一行を中へいれると、丸天井の長い廊下を歩きだした。磨きこまれた一対の両開きのドアの前で立ちどまり、顔に傷のあるふたりの番兵に言った。「どうした?」
「はあ、陛下?」ひとりが答えた。  


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ためというよりはむ

2016年08月08日

〈リヴァ王の広間〉で、ベルガリオン王はむっつりした表情を顔に浮かべ、トルネドラ大使ヴァルゴンのいつ果てるとも知れない長広舌に耳を傾けていた。何もかも、かれにはとまどうようなことばかりだった。かれはどうやって命令を出したらいいのかわからなかった。四六時中つきまとう召使いたち物業二按をどうやって追いはらえばいいのかわからないため、まったく自分自身の時間というものがないありさまだった。あいかわらず背後からはつけまわされ、今ではこの常にかれの背後につきまとう職務熱心な護衛、従者、もしくは使い走りを捕まえようという気力すら失せていた。
 友人たちは皆ガリオンの前に出ると居心地悪そうにもじもじし、いくらやめてほしいと言っても、「陛下」と呼ぶことに固執した。かれ自身はまったく変わったと思っていなかったし、鏡にうつる外見もさして変化していないというのに、人々はまるでかれがすっかり変わってしまっ公屋貸款たかのように振る舞うのである。かれが立ち去るときに人々が見せる安堵の表情がガリオンをいたく傷つけていた。そんなときは自分の殻に閉じこもり、じっと孤独をかみしめるしかなかった。
 ポルおばさんは常にかれのかたわらにいたが、彼女との関係も前とは異なったものになりつつあった。王になる前はかれの方が添え物だったのに、今で雀巢奶粉はまったく逆転してしまった。この新しい関係もかれにとってはきわめて不自然なものだった。
「わが方のこのたびの申し出は、きわめて寛大な譲歩を示したものであると言わねばなりますまい、陛下」ラン?ボルーンからことづかった最新の条約案を読み終えたヴァルゴンは最後にこうつけ加えた。人を小馬鹿にしたような表情を浮かべたこのトルネドラ大使は、鉤鼻の尊大な男だった。ホネサイトのかれは帝国の創設に貢献し、三つの名家を起こした名門の出であり、ひそかにアローン人を軽蔑していた。このヴァルゴンはガリオンの悩みのたねだった。皇帝から新しい条約だの商業協定だのが届かない日は一日とてなかった。かれらトルネドラ人が何が何でも羊皮紙に王の署名をほしがっていること、そして何度も何度もそれを突きつけていれば、しまいにはかれの方で音をあげて相手を追いはらいたいばかりに署名するに違いないと踏んでいることはあきらかだった。
 それに対するかれの対抗策は実に単純なものだった。かれは何ものにも署名することを拒否したのである。
(それはかれらが先週持ってきたものとまったく同じよ)かれは心の中でポルおばさんの声を聞いていた。(条項をいれかえて、いくつかの字句をいじくっただけにすぎないわ。これでは受け取れないと言いなさい)
 ガリオンはおつに澄ました大使にほとんど嫌悪の入りまじった視線を送った。「それではまったく話にならない」かれはぶっきらぼうに言った。
 抗議しようとするヴァルゴンをかれはすばやくさえぎった。「先週持ってきたものとまったく変わっていないではないか。それならばこちらの答だって先週と同じく否だ。わたしはトルネドラに優先的な通商権を与えるつもりはないし、他の国々と協定を結ぶたびにいちいちラン?ボルーン殿の承諾を得ることにも同意できない。そしてなによりも、わたしは〈ボー?ミンブルの協定〉の改変を一字一句たりとも認めるつもりはない。どうかラン?ボルーン殿にまともに話をするつもりがないのなら、これ以上無駄なことでわたしを悩ませないでほしいと伝えてくれ」
「陛下!」ヴァルゴンは衝撃を受けたような声を出した。「いやしくもトルネドラ皇帝に対してそのような口をきかれるとは」


「わたしは自分の言いたいように言うまでのことだ」ガリオンは言った。「もう退がってよいぞ」
「陛下――」
「退がってよいと言ったのだぞ、ヴァルゴン」ガリオンはさえぎった。
 大使はさっと立ち上がり、よそよそしくお辞儀するとつかつかと歩み去った。
「まあ、悪くはないな」アンヘグ王が他の王たちといつもたむろしている奥部屋からまのびした声で言った。これらの高貴な見物人に見られていることも悩みのたねだった。ガリオンはかれらが自分の一挙手一投足を見守り、判断し、さらにはその決断や態度や言葉遣いまでをじっくり値ぶみしているのを知っていた。恐らくこの数ヵ月はへまばかり重ねるに違いない。だからこそ見られたくないと思っているのだが、居並ぶ王たちに向かってかれらの注目のまとにするのはやめてくれなどとどうして言えよう。
「だが少しばかり直截的すぎたんじゃないかね」フルラク王が言った。
「なあに、今に人あしらいもうまくなるさ」とローダー王。「むしろラン?ボルーンにとっちゃこの直截的なところがかえって新鮮でいいと思うかもしれん。むろんやっこさんが卒倒せんばかりの怒りの発作から回復してからの話だが」
 いならぶ王たちや貴族たちは、皆ローダー王の皮肉に声をあわせて笑った。ガリオンもいっしょになって笑おうとしたが、赤面を隠しおおせることはできなかった。「何でこんなことまでされなくちゃならないんだ」かれはポルおばさんに激しい口調でささやいた。「しゃっくりひとつするたびに、みんなで批評するんだ」
「そんなことでいちいち腹をたてるのはおよしなさい」彼女は穏やかな声で答えた。「それにしてもさっきのは少し不作法すぎたようだわ。末来の義理の父親になる人にまであの調子でずけずけものを言うわけじゃないでしょうね」
 それこそガリオンが一番思い出したくないことがらだった。セ?ネドラはいまだにかれの急激な出世を許していなかった。ガリオンは彼女との結婚の可能性を真剣に危ぶみはじめていた。たしかに彼女のことを好いてはいたが――というよりも本気で好きだったが、たぶんセ?ネドラはよき妻にはならないだろうという憂うつな結論を、かれは下していた。彼女は頭もよく、わがままいっぱいに育ち、しかもとてつもなく頑固なところがあった。彼女がガリオンの結婚生活をできる限り惨めなものにすることに、ひねくれた喜びを見いだすことは必至だった。こうして玉座に座ってアローンの王たちの冗談めかした批評を聞きながら、ガリオンは〈珠〉のことなど知らなければよかったとさえ思いはじめていた。
〈珠〉のことを考えたとたん、ガリオンはほとんど習慣的に、玉座の上に掲げられた剣のつか[#「つか」に傍点]頭に輝く宝石に目をやった。玉座に座るたびにいっそう輝きを増すわざとらしさが、ガリオンをいらだたせた。そんなとき〈珠〉はまるで自分自身を祝福しているように思えた――まるでリヴァ王ベルガリオンは自分の創造物なのだとでもいいたげに。ガリオンにはいまだに〈珠〉のことがよくわからなかった。〈珠〉の中に意識に近いものが存在するのはたしかだった。ガリオンの心はためらいがちに〈珠〉の意識にふれてはそっと引き返した。これまでに何回も神の心の意志と接触したことはあったが、この〈珠〉はまったくそれらと違っていた。およそガリオンには及びもつかないような力がひそんでいるのはあきらかだった。それに加え、〈珠〉の接触方法はきわめて特異なものだった。ガリオンは自分があまり好かれていないらしいことを感じ取っていた。だがそれでもかれが近づくたびに、〈珠〉は嬉しくてたまらないと言いたげに明るく輝くのだった。そしてクトゥーチクの小塔で初めて聞いた、あの空高く舞い上がるような不思議な歌がかれの心を満たした。この歌はガリオンにとってなかば強引な誘惑のようなものだった。ガリオンがいったん〈珠〉を手に取り、その〈意志〉とかれの〈意志〉とを融合すれば、この世には何ひとつ不可能なことはなくなるだろう。現にトラクはこの〈珠〉を掲げて、世界に巨大な裂け目を入れたのではなかったか。かれがいったん決心しさえすれば、〈珠〉の力を借りてその裂け目を修復することだってできるのだ。さらに危険なのは、ガリオンの心にその考えが芽生えた瞬間から、〈珠〉が絶えまなくそのための指示を送りはじめたことだった。
(ガリオン、ちゃんと話を聞きなさい)もの思いにふけるガリオンの心にポルおばさんの声が響いた。
 午前中の行事はこれでほぼ終わりだった。後に残ったのは何件かの陳情と、ニーサより今朝届いた奇妙な祝辞だけだった。ニーサの祝辞は相手の機嫌をおそるおそるうかがうような文面で、最後に宦官サディの署名があった。ガリオンは返答を起草する前によく検討してみることにした。サルミスラの謁見の間で起こったできごとの記憶がいまだにガリオンの心を悩ませていた。今すぐこの蛇人間たちとの関係を修復すべきかどうか、判断がつきかねた。
 すべての政務が片づいたところで、かれは人々に断って退出した。白い毛皮に縁どられたケープはもはや耐えがたく暑かったし、王冠のおかげで頭はずきずき痛んだ。かれは一刻も早く自室へ戻って着替えたかった。
 広間のドアの両側に控えていた衛兵たちはかれにうやうやしくお辞儀し、すぐさま随行の姿勢をとった。「別にどこかへ行こうというわけじゃない」かれは職務熱心な衛兵たちに言った。
「ただ自分の部屋へ戻るだけだし、道はよくわかっている。ぼくのことはいいからきみたちはもう昼食に行きたまえ」
「ご親切にありがとうございます、陛下」衛兵は答えた。「後でわたしどもにご用がありますでしょうか」
「まだわからないな、そのときは誰かに伝えるから」
 再びお辞儀をする衛兵を後に残し、ガリオンはうす暗い廊下に入った。かれがこの通路を見つけたのは戴冠式の二日後のことだった。それは謁見の間から王族の私室に通じるもっとも近い通路だったが、比較的使われていなかった。仰々しい儀式ぬきで広間への行き来ができるこの近道をガリオンは非常に気にいっていた。途中にはわずかなドアがあるだけで、壁の燭台は廊下を適度な暗さに保つよう間をおいて設置されていた。顔を知られていなかった頃をほんのわずかだけ思い出せるこの暗さはむしろ好もしいものだった。
 廊下を歩くガリオンは深いもの思いにふけっていた。あまりにも考えなければならないことが多すぎた。まずは何をおいても、目前にせまったアンガラクと西の国々との戦争に対処しなくてはならない。〈西の大君主〉であるガリオンは当然それらの国々を率いる立場にあるのだ。いまや長年の眠りから目覚めたカル=トラクは、アンガラクの大軍を率いて襲いかかってくるだろう。そのような恐ろしい敵にどうやって対抗すればいいのだ。トラクの名前を思い浮かべるだけでガリオンは身震いを禁じえなかった。軍隊のことも戦争のことも何も知らないかれにどうやって戦うことができるだろう。絶対にへまをやらかすに決まってる。そうなったらトラクは金属製の義手をひとふりするだけで、西の連合軍を粉砕してしまうことだろう。
 魔法ですら今のかれを救うことはできなかった。かれの力はトラクの巨大なそれに対抗するにはあまりに経験が少なすぎた。もちろんポルおばさんが助けてくれるだろうが、ベルガラス抜きでは成功の見込みはきわめて薄かった。数ヵ月前の転倒がベルガラスの力を何ら損なっていないことを証明するきざしはまだ見られなかった。
 あまりふれたくなかったが、ガリオン自身の問題もそれに負けず劣らず深刻だった。仲なおりを拒み続けるセ?ネドラ王女とやがては何らかの決着をつけなくてはならない。王女の方にもう少し聞き分けがあれば、二人の位の違いなどほとんど問題にはならないはずだった。ガリオンはセ?ネドラ王女が好きだった――それどころか好意以上のものを抱いていると言ってもよかった。特に何かをねだるときの彼女の顔はこの上もなく美しかった。この唯一の障害さえ取りのぞくことができれば、何もかもうまく行くことだろう。この可能性がかれの心を少なからず明るくした。ガリオンはすっかりもの思いにふけったまま廊下を歩き続けた。
 いつものひそやかな足音が背後から聞こえてきたのは、さらに数ヤードほど行ってからだった。ガリオンはため息をつきながら、この職務熱心な従者が何か他に楽しみを見つけてくれないかと願わずにはいられなかった。ガリオンは肩をすくめると、今度はニーサの問題を考えることにした。
 その警告はきわめて唐突に、まさに間一髪のところで発せられた。(危ない!)内なる声が叫んだ。一瞬何が起こったのかもわからないまま、無我夢中でガリオンはぱっと前に倒れ伏した。そのとたんどこからともなく飛んできた短剣が石の壁に激突し、火花を散らしながら、敷石の上をはね返っていった。はずみで頭の王冠が床の上をころころと転がった。ガリオンは罵りの言葉とともに自分の短剣を抜いて立ちあがった。突然の攻撃にすっかり動転し、激怒したかれは廊下を駆け戻った。毛皮に縁どられた重たいケープが足元ではためき、絡みついた。
 短剣を投げた犯人の灰色のマントが一、二回ちらりとガリオンの目に入った。暗殺者は奥まった戸口にひらりと姿を消したかと思うと、重たげなドアがばたんと閉められる音がした。自分の短剣を片手に握りしめたまま、ドアの取っ手をがちゃがちゃいわせながらようやく開けると、同じようなうす暗い廊下がどこまでも続いているだけだった。そこには人っ子ひとり見当たらなかった。
 かれの手はまだぶるぶる震えていたが、それは怒りのしろ恐怖のためだった。かれは即刻衛兵たちを呼びよせようとしたが、すぐにその考えを捨てた。考えれば考えるほど、このまま襲撃者の後を追うのは賢明でないように思えてきた。かれの武器は短剣一本しかないのに、もし剣を持った者に襲いかかられたりしてはたまらない。複数の人間が陰謀に加担していたとしたら、このように人通りのないうす暗い廊下は防戦に適した場所とはとても言えまい。
 あきらめてドアを閉めようとしたかれの目を何かがとらえた。ドア枠の床にあたる部分に灰色の毛織物の切れはしが落ちていた。ガリオンはかがみこむと、それを拾いあげて、ろうそくの光のもとでしげしげと観察した。二本の指の間ほどの大きさもない布きれは、あきらかにリヴァ人特有の灰色のマントから引きちぎられたものだった。暗殺者は逃亡するさいに、うっかり自分のマントをはさんだままドアを閉めてしまったのだ。マントはその拍子にちぎれたのだろう。ガリオンは顔をしかめると急いで廊下を戻り、床にかがみこんで王冠と暗殺者の短剣とを拾いあげた。もし襲撃者が仲間を連れて引き返してきたらと思うと心もとなかった。どうやらここは一刻も早く自室に引き返し、中からしっかりとドアの鍵をおろすのが一番の得策だろう。ガリオンは誰も見ていないのをいいことに、ケープのすそを持ち上げると脱兎のごとく逃げ出した。
 かれは自室の前にたどり着くと、ドアを勢いよく開けて中へ飛び込み、ばたんと音をたてて閉めた上に鍵をおろした。そしてドアにぴったり耳をつけて、追っ手の気配がないかどうかをうかがった。
「どうかなさったのですか、陛下」  


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あばた顔の悪漢の体を一

2016年07月26日

 ガリオンはポルおばさんの袖をつかんで彼女を明かりから遠ざけようとした。
「よしなさい!」彼女はそう言ってガリオンの手を払いのけた。矢がもう一本、霧に霞んだ木木の中から飛んできた。ポルおばさんは蝿でもはらうように手をさっと振って、ひとつの言葉を口にした。矢はなにか固いものにぶつかりでもしたかのようにはじかれて地面に落ちた。
 つづいて、馬がいななくと同時に、筋骨たくましい荒くれ男の一団が森の縁から飛び出し、剣をびゅんびゅん振り回しながら水しぶきをあげて小川を渡ってきた。バラクとヘターが賊に立ち向かうために突進していくと、レルドリンはテントから抜け出し、目にも止まらぬ早さで次々と矢頭髮保養を放ちはじめた。その瞬間、ガリオンは友だちの勇気を疑った自分を恥ずかしく思った。


 押し殺したような叫び声があがったかと思うと、賊のひとりが喉に矢を突き通したままあとずさりした。さらにもうひとりが胃をつかみながら体をくの字に曲げ、うなり声をあげて地面に倒れた。三人目はかなり若く、頬に薄い綿毛のようなひげを生やしていたが、これもまたドサッとくずれ落ち、うずくまっ整容たまま胸から突き出した矢柄の羽を引き抜こうとしていた。子供っぽい顔には恐慌の色が浮かんでいる。やがて溜息をつくと、鼻から血をしたたらせたまま、ごろりと横倒しになった。
 みすぼらしい身なりの男たちがレルドリンの放つ矢の雨の下でふらふらしているのを見てとると、バラクとヘターは飛びかかっていった。バラクは重い剣を大きくひと振りして、宙をさぐっていた刃をこっぱみじんに打ち砕き、それを持っていた黒ひげの男の首と肩のあいだを斜めにザクッと斬り中醫腰痛つけた。男はその場にドサッとたおれた。ヘターはまず素早い動作でサーベルを振るように見せかけたあと、息に刺し抜いた。ヘターが刃を引き抜いたとたん、その男は体を硬直させ、口から真っ赤な血を吹き出した。ダーニクは斧を片手に突進し、シルクもベストの下から短剣を抜いて、ぼさぼさの茶色のひげの男めがけてまっしぐらに走った。そしてここぞという瞬間、頭から飛び込んでくるりと回転し、両足でひげ男の胸をまともに蹴りつけた。それから間髪を入れずに起き上がると、短剣で敵の腹を引き裂いた。刃で下から上に引き裂くとき、湿っぽい、びりびりという音がした。斬られた男は自分の胃をつかみ、青っぽい色をした臓物のとぐろが出てくるのを必死におさえようとしていたが、それらは指のすきまから湧き出るようにこぼれ落ちた。
 ガリオンは自分の剣を取ろうと荷物に飛びついたが、やにわにうしろから荒々しくつかまれた。かれはしばらくもがいていたが、次の瞬間頭のうしろに猛烈な一撃を食らうと、目蓋のうらにチカチカと星がまたたいて、何も見えなくなってしまった。
「おれたちがさがしてたやつはこいつだ」意識が薄れていくとちゅうで、ガリオンはしゃがれ声がそう言うのを聞いた。
  


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でもはまっていないかと

2016年07月13日

 見張りは言った。「荷馬車を調べねばならんが、少々時間がかかるぞ」
「そのあいだ、ぬれて待たねばなりませんな」シルクは目をすがめて落ちてくる雨を見あげた。
「どうせならその時間、どこか気持のいい居酒屋で口の中をしめらせたほうがずっとよろしいんじゃありませんか」
「たっぷり金がないとそいつはむずかしいな」と見張りは期待をこめて言った。
「酒代のたしに手前からのささやかな友情のしSCOTT 咖啡機るしを受けとってくださればうれしいんですがね」
「そいつはすまんな」見張りは軽く頭をさげた。
 数枚のコインが手から手へ渡され、荷馬車は調べられずに町へはいった。
 丘の上から見たダリネはうっとりするほどだったが、ぬれた通りをガタガタと進むにつれて、ガリオンはそれほどでもないことに気づいた。建物はどれも似たりよったりで、尊大でSCOTT 咖啡機よそよそしく、通りはゴミがちらかってきたなかった。ここでは塩からい海の匂いに死んだ魚の臭いがまざり、足早に道を行く人々の顔は陰気で冷たかった。ガリオンの最初の興奮はしぼみはじめた。
「どうしてみんなあんなに悲しそうなの?」ガリオンはミスター?ウルフにたずねた。
「厳格で欲深な神がとりついているからさ」とウルフは答えた。
「どの神様のこと?」


「金だ。金はトラクより始末の悪い神なのだ」
「その子にたわごとを吹きこまないでちょうだい」ポルおばさんが言った。「ガリオン、ここの人たちは本当は悲しいんじゃないの。ただみんな急いでいるだけよ。大事なことがSCOTT 咖啡機あって、それに遅れるんじゃないかと思っているのよ。それだけのこと」
「ぼくはここに住みたいとは思わないな」ガリオンは言った。「さびしくて不人情そうなところだもの。ときどき思うんだ、みんなでまたファルドー農園に戻れたらなあって」かれは溜息をついた。
「ファルドー農園に勝るところはそうあるまいな」ウルフがうなずいた。
 シルクが選んだ宿屋は波止場の近くにあり、磯の香りと海と陸の境目の腐った岩屑の臭いがぷんぷんした。だが宿屋は頑丈な造りで、厩と、荷馬車用の倉庫が併設されていた。宿屋の例にもれず、一階は台所と広い社交室でテーブルが並び、大きな暖炉があった。二階が泊まり客用の寝室になっていた。
「まあまあだ」宿の主人と長々としゃべったあと、シルクが荷馬車へ戻ってきて報告した。
「台所は清潔そうだし、わたしが調べたところじゃ寝室には虫もいない」
「わたしがみてみるわ」ポルおばさんが言って荷馬車をおりた。
「ご随意に、奥方」シルクはばかていねいに一礼した。
 ポルおばさんの検査はシルクのときよりずっと時間がかかり、彼女が中庭へ戻ってきたときは、あたりが暗くなりかけていた。「やっと合格というところね」おばさんは不満気だった。
 ウルフが言った。「ひと冬腰をすえようというんじゃないんだぞ、ポル。せいぜいが二、三日だ」
 おばさんはそれを無視して宣言した。「熱いお湯をわたしたちの部屋へ運ぶよう注文してきたわ。わたしはこの子を連れて行って身体を洗うから、そのあいだみんなで荷馬車と馬の世話をしてちょうだい。いらっしゃい、ガリオン」おばさんはくるりと背を向けて宿屋に戻っていった。
 この子と呼ぶのをみんながやめてくれないものかとガリオンは熱望した。なんといっても自分にはれっきとした名前があるのだし、おぼえづらい名前でもない。このままでは長い灰色のあごひげが生える齢になっても、まだみんなにこの子呼ばわりされるにちがいないとかれは陰気に考えた。
 馬と荷馬車の世話がすみ、全員が湯を使ってさっぱりすると、一同は再び階下へおりて夕食を囲んだ。食事はポルおばさんの手料理にはかなわなかったが、カブでないだけ大歓迎だった。ガリオンは絶対の確信を持って死ぬまで二度とまともにカブを見られないと思った。
 食べおわると男たちはのんびり酒瓶を傾け、ポルおばさんは非難の表情をうかべて言った。
「ガリオンとわたしはもう寝るわ。二階へあがるときは、あまり何度も階段をふみはずさないようになさいよ」
 ウルフとバラクとシルクはそれを聞いて笑ったが、ダーニクはちょっと恥ずかしそうな顔をした。
 翌日ミスター?ウルフとシルクは早々と宿屋を出て、一日中帰らなかった。ガリオンはわざと目につく場所にいて、一緒に行かないかと訊かれることを期待したのだが、そうはならなかったので、ダーニクが馬の世話をしに階下へおりるとき、ついていった。
 二人でエサと水をやったあと、鍛冶屋が切り傷か石ひづめを調べているとき、ガリオンは言った。「ダーニク、こういうこと全部を奇妙だと思わない?」
 ダーニクは点検していた辛抱強い馬の脚をそっとおろした。「どういうこと全部だって、ガリオン?」鍛冶屋の平凡な顔はまじめそのものだった。
「何もかもだよ」ガリオンはちょっとあいまいに言った。「この旅も、バラクとシルクも、ミスター?ウルフもポルおばさんも――全部がさ。あの人たちはときどきぼくに聞こえないと思ってしゃべっているんだ。このすべてがものすごく大事なことらしいんだけれど、ぼくたちがだれから逃げているのか、何を捜しているのかよくわからない」
「わたしにもわからんのだよ、ガリオン」ダーニクは認めた。「見かけどおりでないものはいくらでもある――まるきりちがうこともないではない」
「ポルおばさんは前とちがうような気がしない?」ガリオンは訊いた。「つまりさ、みんなの態度を見てると、おばさんはまるで貴婦人かなんかみたいだし、ファルドー農園を出たら、おばさん自身までようすがちがうしさ」
「マダム?ポルはりっぱなご婦人だ。わたしにはずっとわかっていた」ダーニクの声が彼女の話になるときまってあらわれるおなじみのうやうやしい響きをおび、ガリオンはおばさんの異変をダーニクに感づかせようとしても無駄だと悟った。  


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あえず十分というこ

2016年06月28日



「イケメン」、最初に聞いた頃、「行け行け男」のことだと思っていた。なんのことなの? 半分眠っているような状態でいると、くだらない連想。イケメン=池で溺れている男、畏敬する男、ラーメンの一種、いけ好かない奴、胃痙攣の男、そして馬鹿のことをジャズメンという。邪頭面と書く。「アラフォー」もなんのことか分からなかった。あら? もう、四十なのぉという意味のように聞こえた。アラサーは粗さと聞こえる。アラフィフ、アラシー、アラセブ、アラエイ、アラナイ、アラハン、高齢化社会だからどこまで行くのかSCOTT 咖啡機しら? 五十六歳がじいちゃんなのか若いのか? 分からない。ソニーロリンズが昨日で八十五歳。

今朝、早朝五時ぐらいに高速十五号を走っていた。パリが近付いてくる。クリシーの手前に
セーヌを渡る大きな橋。ゆっくりと左にカーブしている。この橋の上からパリの街が映画の書割のように見える。こんなプラモデルみたいなとこに二百万人以上が犇いているのだなぁーとか、五時だというのに、もう、結構な車が走っている。なんか金鉱に群がるシロアリみてぇーだな。俺もその推拿一匹かよぉーとか、ライトアップされたパリが廃墟に見えたり、巨大な墓地に見えたり、車を運転しながら思索と脳内詩作。

ずっと、ジャズの専用局を聴いている。いろいろなピアニストの曲を聴く。当たり前だけれど、この一流どころばかりなのだけれど、皆、全然違う。技巧派、そんなに上手くないけれどソウルで聴かせる人、格好いい和音を連発する人、諸々の諸々。技巧が先走っている系は、やはり、自信と自意識とプライドがむんむんしていて、やや、うざい。それと、私はモード系、つまり、マイルスデイビス系列、ないしフリージャズ、こちらはジョンコルトレーン、この二つがやはり好きであることが自分で分かった。まあ、マイルスは別格だ。あの哀愁のあるトラン
ペットは彼にしか出来ない。超絶技巧派ではないけれど、素晴らしいの一言。コルトレーンは初期の頃は、あんま良くない。ぎこちないし、今一つ自分の音になっていない。しRF射頻かし、ある一線を越えた後の彼の演奏は超絶的である。技術的以上に、そのエモーションは圧倒的。それから、初期の頃のビルエバンスはやはりモダンジャズピアノの原型。ハービーハンコックはブルーノート系の最高峰。キースジャレットは自信自己顕示プライドの塊ではあるけれど、彼の技術以上に、そのスピードとスイング感はダントツ。結局、自分のピアノがなんなのか良く分かるのである。私は、彼らのいいところを摘み食いしつつ、イサオ節を構築してきたことが分かる。技術レベルは比較対象にならないぐらいに低いけれど、明らかにイサオ節というものがある。まあ、とりとにしよう。それと、なんか、私は「メロディーラインを残したフリージャズおよびなんとなくお笑いの要素を含んだ演奏および存在感」、おっ、癒し系フ
リージャズ?昔、わだひろしとマヒナスターズというバンドがあった。「マヒナ」、ミュージッシャン用語。=「暇な」である。私のブロ愚に長期に渡りお付き合い頂いている希少、貴重、世界指定絶滅寸前読者様方は、すでにイサオ節に脳を犯されているからピンときちゃうのだ。ミュージッシャン用語=和音の転回形の日本語版。
  


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まこの浜辺にや

2016年06月22日




 僕は辺りに何か首吊りに便利な紐が落ちてないかな、と必死に捜していた。でも僕の目に映るのは濡れた石ころや漂流した木の枝ばかりだった。


 お母さん、お父さん、ごめんなさい、と僕は心のなかで泣いていた。僕は心のなかで激しく泣いていた。

 僕は心のなかで激しい罪悪感と戦っていた。僕はロープのようなもの延缓衰老を捜しながら浜辺を歩いていた。でもどうせ落ちてないと思っていた。僕の胸のなかはそして激しく燃えていた。

 炎のなかを激しく燃えていた。僕は燃えるように歩いていた。燃え上がってこのまま消えてしまいたかった。

 砂のなかにも埋もれてしまいたかった。このまま僕は消えてゆき、大空のなかにも溶けてゆきたいと思った。

 このまま僕は青い空のなかに、少年時代の思い出を胸にして消えてゆきたい

 苦しみから逃れ、消えてゆこう

 僕はそうしてさくさくと浜辺を歩き続けた。

 すると涙のような雨が降ってきた。父と母の涙のような雨だった。ああ肌膚老化僕は死ぬのだろうかと思って悲しくて悲しくてたまらなくなってきた。

 朝、ここに着たばかりのときはまだ夜明けで今日は雨が降るとは思ってなかったのに——今日は晴れるとばかり思っていたのに——と思って僕は悲しくてたまらなくなってきた。でも死ぬための帯は見つからなくて僕はうずくまって砂を見ていた。小さな小さな砂のひとかけらが僕のようだった。


 今朝、明るいとばかり思っていた空は僕の幻覚だったのだろうか。空は青く、しかし暗く澱んでいた。なぜこんなに澱んでいるのだろうかと僕はとても不安だった。

 頬に手をあて何かの恐怖と戦っている自分の姿が見えるようだった。僕を押さえつけるあてのない恐怖。不思議な恐怖。波の音とともに僕の心を揺るがす恐怖。

 僕は海のなかに魚となってこのまま

僕は今日も朝4時ごろ目が醒めてそしてそれから眠れ日常肌膚護理ずぼんやりした頭のまってきた。今日は風が強く今にも雨が降り出しそうな天気だ。でも僕は昨日買ったヘルメットで元気にアルバイトに出ていこうと思っている。  


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ったんじゃないか

2016年06月17日

「大寺院に行って帰ってきたってやつを一人でも知ってるか」
 やや離れたあたりで鋭い笛の音がした。
「スルケルだ」とティマク。「移動の時間らしい。く癇《かん》に障るってこと、あいつは気がついてるのかね」


「ほかにどうしようもないのさ。しゃべるほうはまだ覚行こう」
「何を話してたんです。何者ですか」クリクが尋ねた。
「一種の警邏《けいら》隊らしいな」
「われわれを探してるんですか。マーテルがどうにかして手を打ったんでしょうか」
「そうではないようだ。二人の話からすると、応召していな瑪沙 去斑聚光槍い者がいないか見回っているらしい。全員を集めて、出発しよう」
 一行が騎乗するとカルテンが尋ねた。
「どんな話をしてたんだ」
「文句を言ってた」とスパーホーク。「兵隊というのはどこの世界でも変わらないものだな。恐ろしげな話を剥《は》ぎ取ってしまえば、ゼモック人も結局はわれわれと大して違ってるわけじゃないってことらしい」
「アザシュを信仰している者たちです。それだけで怪物ですよ」ベヴィエがかたくなに言い張る。
「そうじゃない、アザシュを恐れているんだ。恐怖と信仰は同じとは言えないだろう。ゼモック人を根絶やしにする必要はないように思えるな。狂信者と一部のエリートを一掃すれば――アザシュとオサはもちろんだが。それ以外の一般人には、エレネ人の神でもスティリクム人の神でも、好きなほうを選んでもらえばいい」
 ベヴィエはなお頑固に反論した。
「あれは危険な民ですよ、スパーホーク。エレネ人とスティリクム人の雑婚は、神の目には忌まわしいものと映っているのです」
 スパーホークはため息をついた。ベヴィエはがちがちの保守主義者で、議論をしても得るところはなさそうだった。
「まあ、どうするかは戦争のあとで決めればいいことだ。今は先を急こう。周囲に気を配っておく必要はあるが、そう神経質にならなくても大丈夫そうだ」
 一行は馬を駆って渓谷の坂道を上り、そこここに木立の点在する高原に出た。雨は降りつづいており、東へ進むにつれてそこに混じる湿った大きな雪片はますます瑪沙 射頻瘦面槍多くなった。その夜は唐檜《とうひ》の木立の中で野営したが、濡れた枯れ枝の焚き火は小さく、元気がなかった。翌朝目を覚ますと、高原には重く湿った雪が三インチばかり積もっていた。
「このあたりで決断すべきですね、スパーホーク」クリクが降りやまない雪を見ながら言った。
「うん?」
「もともとよく知らなかったこの道が、雪でますます見分けにくくなってます。このままこの道を進むか、それとも北に針路を転じるかです。北へ向かえば、午《ひる》ごろにはヴィレタの街道に出られるでしょう」
「おまえはもう決めてるようじゃないか」
「ええ、まあ。本当に目的地へ着けるのかどうかもわからない道を探して土地鑑のない異郷を歩きまわるのは、どんなものかと思います」
「わかった、クリク。こういうことにかけては、おまえのほうが目端が利く。針路を北へ変えるという提案に乗ろう。わたしが心配しているのは、国境を越えたところでマーテルの配置した待ち伏せに出会うことだったわけだからな」
「半日が無駄になるぞ」アラスが指摘する。
「この山の中をさまよい歩くことにでもなったら、もっと時間が無駄になる。アザシュとは時間を約束してるわけじゃないからな。いつ行っても歓迎してくれるはずだ」
 一行はぬかるんだ雪の中を北へ向かった。雪と霧雨にぼんやり霞んでいた近くの丘に着くころには、雪は全員の身体に湿った毛布のように貼りついていた。その不快さのせいで、誰もがますます不機嫌になった。アラスとティニアンはときおり冗談を言って雰囲気を明るくしようと努めたが、それも長くは続かなかった。一行は黙々と、憂鬱に馬を進めていった。
 クリクの予想どおり午《ひる》にはヴィレタの街道に出ることができ、一行はふたたび東に向かった。雪が降りはじめて以来、誰かが街道を通った形跡はなかった。厚い雲に瑪沙 射頻瘦面槍閉ざされて夕暮れもはっきりとはわからず、あたりはいつの間にか暗くなっていた。その日は古いがたがたの納屋で夜を明かし、敵地にいるときはいつもそうするように、交代で見張りに立った。
 翌日の午後遅くにはヴィレタを迂回した。どのみち街には何もないのだから、危険を冒すことはない。
「誰もいませんね」街の横を通過しながらクリクが言った。
「どうしてわかるんだ」とカルテン。
「煙が上がってません。この寒さだし、雪まで降ってるんです。誰かいれば火を燃やしてるはずです」
「なるほど」
「出かけるとき、何か忘れ物をしてな」タレンが目を輝かせる。
「気にかけるんじゃない」クリクがぼそりと答えた。
 翌日は少し雪が小降りになり、雰囲気は目に見えて明るくなった。だがその次の日の朝にはまた雪が降りだして、一行はふたたび意気消沈した。
「何でこんなことをやってるんだろうな。どうしておれたちでなくちゃいけないんだ」一日が終わるころ、カルテンがむっつりと尋ねた。
「おれたちが教会騎士だからだ」スパーホークが答える。
「教会騎士ならほかにもいるじゃないか。おれたちはもうじゅうぶんやったと思わないか」
「帰りたいのか。おまえにも誰にも、ついてきてくれと頼んだわけじゃないぞ」
 カルテンはかぶりを振った。
「もちろんそうじゃない。どうかしてた。おれが言ったことは忘れてくれ」
 だがスパーホークは忘れなかった。その晩、騎士はセフレーニアを脇へ引っ張っていった。
「ちょっと問題があります」  


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のが嫌だっ

2016年05月25日



六時に目覚ましたとき彼女はもういなかったの。寝巻を脱ぎ捨ててあって、服と運動靴と、それからいつも枕もとに置いてある懐中電灯がなくなってたの。まずいなって私そのとき思ったわよ。だってそうでしょ、懐中電灯持って出てったってことは暗いうちにここを出ていったっていうことですものね。そして念のために机の上なんかを見てみたら、そのメモ用紙があったのよ。洋服は全部レイコさんにあげて下さいって。それで私すぐみんなのところに行って手わけして直子を探してって言ったの。そして全員で寮の中からまわりの林までしらみつぶしに探したの。探しあてるのに五時間かかったわよ。あの子、自分でちゃんとロープまで用意してもってきていたのよ」

レイコさんはため息をついて、猫の頭を撫でた。

「お茶飲みますか」と僕は訊いてみた。

「ありがとう」と彼女は言った。

僕はお湯を沸かしてお茶を入れ、縁側に戻った。もう夕暮に近く、日の光ずいぶん弱くなり、木々の影が長く我々の足もとにまでのびていた。僕はお茶を飲みながら、山吹やらつつじやら南天やらを思いつきで出鱈目に散らばしたような奇妙に雑然とした庭を眺めていた。

「それからしばらくして救急車が来て直子をつれていって、私は警官にいろいろと事情を訊かれたの。訊くだってたいしたこと訊かないわよ。一応遺書らしき書き置きはあるし、自殺だってことははっきりしてるし、それあの人たち、精神病の患者なんだから自殺くらいするだろうって思ってるのよ。だからひととおり形式的に訊くだけなの。警察が帰ってしまうと私すぐ電報打ったの、あなたに」

「淋しい葬式でしたね」と僕は言った。「すごくひっそりして、人も少なくて。家の人は僕が直子の死んだことどうして知ったのかって、そればかり気にしていて。きっとまわりの人に自殺だってわかるたんですね。本当はお葬式なんて行くべきじやなかったんですよ。僕はそれですごくひどい気分になっちゃって、すぐ旅行に出ちゃったんです」

「ねえワタナベ君、散歩しない」とレイコさんが言った。「晩ごはんの買物でも行きましょうよ。私おなか減ったきちゃったわ」

「いいですよ、何か食べたいものありますか」
  


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アの声は静かだっ

2016年03月07日

「グエリグの指輪!」トロールは勝ち誇った声で叫んだ。「エレニアのスパーホークがグエリグの指輪を持ってきた。指輪があるのを感じる!」恐ろしい咆哮を上げて、トロールは棍棒をうならせながら突進した。
 クリクの棘つきのフレイルが、トロールの太い左腕からかなりの量の肉をむしり取った。しかしグエリグは気にも留めない様子で、なおも棍棒を振りまわしながらスパーホークnuskinに追い迫る。左手はまだしっかりと王冠を握りしめていた。
 スパーホークはじりじりと後退した。グエリグが王冠を握っているあいだは、滝壺の深淵から引き離しておかなくてはならない。
 クリクがさらにフレイルを振るったが、グエリグはあわてて身をかわし、鎖の先の棘つきの鉄棒は毛深い腕をとらえることができなかった。どうやらさっきの一撃が見た目以上に苦痛を与えていたようだ。スパーホークはその一瞬の隙を衝《つ》いて、グエリグの右肩に槍を突き刺した。グエリグは痛みというより怒りのわめき声を上げ、すぐに棍棒で応酬してきた。
 と、スパーホークの背後からフルートの歌が聞こえた。澄んだ歌声が鐘の音のように、滝の轟音にもかき消されることなく響いてくる。グエリグの目が丸くなり、残忍な口がぽかんと開いた。
「おまえ!」グエリグがわめいた。「グエリグは小娘に仕返しする! 歌はここで終わる!」
 フルートは歌いつづけ、スパーホークは危険を冒してちらりと肩越しに視線を投げた。通路の出口のところに少女が立っていた。背後にセフレーニアを従えている。歌はどうやら呪文ではなく、単にグエリグの注意をそらして、スパーホークかクリクが怪物の隙を衝けるようにしているだけらしかった。グエリグは棍棒を振りまわしてスパーホークを牽制《けんせい》しながら、よたよたと前進した。目はフルートを睨《にら》みつけ、食いしばった牙の奥から激しく息を吐き出している。クリクが背中を一撃したが、グエリグは攻撃されたことにさえ気づかない様子でスティリクム人の少女に向かっていった。スパーホークにとっては好機だった。トロールが目の前を横切りながら棍棒を振るったため、毛深い脇腹ががら空きになったのだ。スパーホークは全身のnuskin力を込めて、古代の槍の広い穂先を肋骨のすぐ下に思いきり突き立てた。剃刀《かみそり》のように鋭い刃が厚い毛皮を貫通し、矮躯のトロールは咆哮した。棍棒を振りまわそうとするが、スパーホークは槍を引き抜いて飛びすさった。そこへクリクがグエリグのねじれた右膝にフレイルを叩きこんだ。骨の砕ける不気味な音が響く。グエリグは転倒し、棍棒を取り落とした。スパーホークは槍を逆手に持ち替え、トロールの腹に突き立てた。
 グエリグは絶叫し、右手で槍をつかんだ。スパーホークは槍を何度もこじって、鋭利な刃で内臓をずたずたにした。しかし王冠はまだしっかりと左手に握られている。手放させるには殺す以外になさそうだった。
 トロールは地面を転がって槍から逃れたが、そのために傷口はさらに大きく広がった。クリクがフレイルを顔面に振るって片方の目をつぶす。恐ろしい叫びが上がり、トロールは貯めこんだ宝石を蹴散らしながら滝壺へ向かった。そして勝利の雄叫びとともに、サラクの王冠を握りしめたまま深淵に身を躍らせた!
 しまったと思いながら、スパーホークは深淵の縁に駆け寄って、絶望のうちに滝壺を眺めた。はるか下方にねじくれたトロールが、想像もつかない闇の中へと落ちていくのが見えた。と、洞窟の石の床を踏む裸足の足音が聞こえ、フルートが漆黒の髪をなびかせて騎士の横を通り過ぎた。恐ろしいことに、少女はためらうそぶりも見せずに縁を越え、落ちていくトロールのあとを追った。「何てことを!」スパーホークは息を呑み、あわてて手を伸ばしたが、少女をつかまえることはできなかった。驚いたクリクも駆けつけてきた。
 そこへセフレーニアもやってきた。サー?ガレッドの剣をまだ手にしている。
「何とかならないんですか、セフレーニア」クリクが哀願した。
「その必要はありませんよ、クリク」セフレーニた。「あの子の身に危険はありません」
「でも――」
「しっ、静かに。耳を澄ましたいのです」
 はるか頭上で雲が太陽の前を通り過ぎたかのように、滝の水に反射する光が少し弱くなった。轟く滝の音が騎士をあざけっているように聞こえる。スパーホークは自分の頬《ほお》が涙に濡れていることに気づいた。
 と、深淵の深い闇の底に閃光のようなものが見えた。その光は徐々に強さを増しながら、無明の闇の中を上昇してくるように思えた。近づいてくるにつれて、はっきりした形が見えはじめた。それは純白の光の棒で、先端だけが強烈に、青く輝いていた。
 ベーリオンだった。白く輝くフルートの小さな手の上に載ったベーリオンが、深淵の底から上昇してくるのだ。スパーホークは息を呑んだ。フルートの身体を通して向こうが透けて見えている。闇の中から上昇してきたものは、霧のように実体がなかった。フルートは小さな顔に冷静で落ち着き払ったnuskin表情を浮かべ、片手でサファイアの薔薇を頭の上に捧げ持っていた。もう一方の手でセフレーニアを差し招く。愛する教母が深淵の上に足を踏み出すのを見て、スパーホークはぞっとした。
 しかしセフレーニアは落下しなかった。  


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c

2016年03月07日

「仕事ですからね、小さき母上」スパーホークが答えた。「何をどうするか、きちんと決めておかなくてはならないんです。どうか邪魔しないでください。よし、クリク、行こうか」従士に声をかけ、堂々と通路を歩いて宝物庫に踏みこむ。姿を隠そうとする努力はしなかった。
 宝物庫は驚くべき場所だった。天井は紫色の靄《もや牛奶敏感》の彼方に隠れ、流れ落ちる滝は輝く金色の霧の中に突っこんで、想像もつかないほど深い滝壺へと吸いこまれ、その底から虚《うつ》ろな咆哮を轟《とどろ》かせている。眼路の限りにどこまでも続く岩壁には金の露頭や鉱脈が走り、国王の身代金よりも価値のありそうな無数の宝石が、虹色の揺れる光にきらめいている。
 矮躯のトロールのねじくれた毛深い身体は、滝壺の縁のところにうずくまっていた。そのまわりには純金の塊やさまざまな色合いの宝石が山と積まれている。グエリグの右手には、サラク王の汚れた黄金の冠が握られていた。そこに嵌《は》めこまれている宝石こそサファイアの薔薇、ベーリオンだ。ベーリオンは流れこむ水に反射する光を受けて輝いているようだった。スパーホークは地上でもっとも貴重な宝石をはじめて目の当たりにして、しばし驚異の念に圧倒された。気を取り直し、古代の槍を低く構えて足を踏み出す。セフレー母乳餵哺ニアの呪文が自分のしゃべる言葉にも効いているのかどうかはわからなかったが、この不気味な怪物に声をかけるべきだという強い衝動が騎士の内心から突き上げてきた。言葉もかわさずに背中から槍を突き立てるのは、騎士としての誇りが許さなかったのだ。
「ベーリオンを受け取りにきた」スパーホークはそう声を上げた。「わたしはサレシア王アディアンではない。だから罠《わな》をかけるような真似はしない。欲しいものは母乳餵哺力によって奪い取る。できるものなら守ってみるがいい」騎士としては、これがこの状況でできる精いっぱいの挑戦の宣告だった。
 グエリグがねじくれた身体を起こして立ち上がった。激しい憎悪に厚い唇がめくれ上がり、黄色い牙がむき出しになっている。
「グエリグのベーリオンは取らせない、エレニアのスパーホーク。グエリグが先に殺す。おまえはここで死ぬ。グエリグが食べる。青白いエレネ人の神には、もうスパーホーク救えない」
「それはまだわからんぞ」スパーホークは冷たく答えた。「一度だけベーリオンを使ったら、アザシュの手に渡らないように破壊する。今すぐ渡すか、死ぬかだ」
 グエリグは恐ろしい笑い声を上げた。
「グエリグが死ぬ? グエリグは不死身だ、エレニアのスパーホーク。人どもに殺せない」
「それもまだわからんぞ」スパーホークはわざとゆっくりと槍を両手で握り、矮躯のトロールに迫った。クリクは棘《とげ》つきのフレイルを手に通路から出てきて、トロールの側面に回りこんだ。
「二人か。スパーホークは百人連れてくるべきだった」トロールは身をかがめ、鉄の帯を巻いた巨大な石の棍棒を宝石の山の中から引っ張り出した。「グエリグのベーリオンは取らせない、エレニアのスパーホーク。グエリグが先に殺す。おまえはここで死ぬ。グエリグが食べる。アフラエルにも、もうスパーホーク救えない。人どもはもうおしまい。今夜はお祝いする。焼いた人ども、肉汁たっぷり」グエリグは音を立てて舌なめずりをした。ぐっと胸をそらす。毛に覆われた両肩の筋肉が盛り上がった。トロールの場合、矮躯という言葉に欺かれてはいけないのだ。小さいといっても背丈はスパーホークと同じかそれ以上だし、老木のようにねじれた腕は膝の下まで届いている。顔は髭面というよりも、毛むくじゃらというべきだろう。緑の瞳には邪悪な色が宿っていた。巨大な棍棒を右手で振りまわしながら、よろよろと進んでくる。左手にはベーリオンの嵌めこまれたサラクの王冠を握りしめたままだった。
 クリクが進み出て、フレイルで怪物の膝を狙った。グエリグはその一撃を棍棒で受け、ばかにするように、うめくような恐ろしい声を上げた。
「逃げろ、弱い人ども。肉はみんなグエリグの食べ物」言うと同時に棍棒を振りまわす。異常なほど長い腕のために、単純な武器でも危険は倍加していた。クリクが飛びのくと、鉄の帯を巻いた石の棍棒がうなりを上げて鼻先をかすめた。
 スパーホークは突進し、トロールの胸に槍を突き立てようとしたが、やはりグエリグは楽々と受け流した。
「遅いな、エレニアのスパーホーク」笑い声が上がる。
 そこへクリクが左の尻にフレイルを叩きつけた。グエリグは後退したが、同時に猫のようにすばやく、棍棒で宝石の山を一撃した。無数の宝石が飛礫《つぶて》のように飛び散り、あいている左手で目をぬぐった。額が切れて血が流れていた。
 スパーホークはふたたび槍を繰り出し、バランスを崩したトロールの胸に軽い傷を負わせた。グエリグは怒りと痛みに咆哮し、よたよたと前進して棍棒を振るった。スパーホークは飛びのいて、冷静に隙《すき》をうかがった。トロールは恐怖というものを知らないらしい。致命傷でない限り、どんな傷を負わせても退却はしないだろう。グエリグは文字どおり口から泡を噴き、緑の目はぎらぎらと狂気に輝いていた。呪詛の言葉を吐き出すと、恐ろしい棍棒を振りまわしてふたたび前進してくる。
「滝壺の縁から遠ざけるんだ。あそこに落ちたら、王冠は見つからないぞ」クリクに声をかけたスパーホークは、そこに鍵があることに気づいた。何とかしてトロールに王冠を手放させるのだ。長い腕を持ち、目を狂気にぎらつかせたこの毛むくじゃらの怪物を圧倒するのに、二人くらいでは足りないことはもはや明白だった。だが注意をそらすことさえできれば、懐《ふところ》に飛びこんで致命傷を与えることができるかもしれない。騎士は右手でクリクの注意を引き、手を伸ばして従士の左|肘《ひじ》を叩いた。クリクは一瞬戸惑った顔になったが、すぐに理解してうなずいた。クリクはフレイルを構えたままグエリグの左手に回りこんだ。
 スパーホークは槍を両手で握りなおし、フェイントをかけた。グエリグが棍棒で武器を叩こうとすると、すぐに引っこめる。  


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